2007年一橋大学商学部卒業。同年、株式会社博報堂入社。営業として大手クライアントの広告コミュニケーションやキャンペーンの統合プロデュースに従事したのち、株式会社MUGENUPのCMOとしてマーケティング全般を統括。2016年、株式会社SEESAWを共同創業し、取締役に就任。プロデュース部を率い、UIUXデザインやブランディングを軸に、多様な業界の新規サービス開発やブランド構築を手がける。近年はAI活用にも注力し、クライアントへのAI導入支援と自社の制作・開発体制のAI化の両面を推進している。
AI活用の本格化にあたり、SEESAWはAI部を発足させました。その経緯と、その目的を教えてください
生成AIの進歩が、2025年の終わりあたりでいよいよクリエイティブやデザインコンサルティングの領域に完全に踏み込んできた、という実感を持ったのがきっかけです。デザインのクラフトに入る手前の情報整理や戦略立案、調査といった部分は生成AIが極めて上手にこなしますし、文章やアイデア出しも、コンテキストをしっかり渡せばそれなりのレベルのものが出てくる。しかも、こちらの想像の何倍も速いスピードで進化している。従来のデザイン会社のモデルや強みがそのままでは維持できない未来が見えてしまい、強い危機感を覚えました。
正直に言うと、立ち上げの時点で「新しいデザイン会社のビジネスモデルはこれだ」という答えを持っていたわけではありません。ただ、「ちょっとした効率化」ではなく、「ビジネスモデル全体を変えるレベルの変化」が必要だということは分かっていた。30名前後の組織で全員が一斉に動くと迷子になるので、まず経営陣と選抜メンバーで先遣隊をつくり、山道を探しに行く。それがAI部の目的でした。
AI部を実際に運営してみて、想定通りだった点と、想定外だった点は何ですか?
想定通りだったのは、ターミナルの黒い画面に向かってAIとやり取りするインターフェースそのものに、デザイン界隈の人が最初は拒否感を持つことでした。ただ、これは小さなつまずきです。
それより意外だったのは、経営陣で最初に行った合宿でのことです。私が教える側になり、みんなで生成AI(エージェンティックAI)を使ってみたのですが、きちんとトレーニングされた社会人は「結論から言う」「コンパクトに指示を出す」ことに慣れています。ずっとそれが良しとされてきた。ところがAIに対しては、前後の文脈や何で迷っているかなど「コンテキスト」をきちんと渡してあげたほうが、長い目で見てちゃんとした判断ができるようになる。つまり、これまで美徳だったことが時にマイナスになるんです。それを理解してもらい、身についた習慣をアンラーンしてもらうことが、想像以上に難しかったですね。結果的に、これはAI部の方針として取り込みました。
各部署に個別にAIツールを導入させるのではなく、「ハーネス」という共通の仕組みにしたのはなぜですか?
SEESAWがAIに本格的に取り組み始めたのは2026年の頭で、自己認識としては遅れたスタートでした。だから後発なりの強みを活かすしかない。その時点で世界中の大企業から中小企業までAI導入事例が報告されていて、そこから読み取れたのは、全員に等しくAIツールを配るやり方はあまりうまくいっていない、ということでした。使える人と使えない人の差が開く、使われないアカウントが増える、組織や利益の成長に結びつかない、技術負債が積み上がる。同じことをすれば自社も同じ結果になると考えるのが素直です。
もう一つ、モデル・ハーネス・コンピュートという三つのレイヤーで見たとき、我々が戦うのはハーネスの領域だというのは自明でした。ただ、組織としてハーネスを育てていく重要性は、まだあまり強調されていなかった。AI以外の文脈では、暗黙知を組織の強みにしようという命題は古くからあり、ハーネスならそれが実現できるにもかかわらず、取り組んでいる人が少ない。入社したての人が、AIを通じて10年目の社員と同じ判断ができる。そのメリットは大きく、後発の我々が集中投資して追いつき、追い越すポイントはここだと考えました。
AI部の選抜メンバーが変化していく中で、特に印象的だったエピソードはありますか?
個別のエピソードというより全体のトレンドなのですが、AI部では毎回2時間のセッションの最後にテーマを与えてフリーディスカッションをしてもらい、その内容をAIで分析する、ということを10週間続けました。その中でみんなの語る内容が少しずつ変わっていったのが、個人的に一番面白かったです。
初期はツールの使い方、AIの使い方という「道具の話」をしていました。それがだんだん具体性を増して、一度、ハーネスを含めた技術寄りの、道具をより深く理解する方向に潜っていく。そして最後は、それをビジネスにどう活かすか、ビジネスモデルの転換にどう貢献するか、逆に何が無意味なのかという、ビジネスレイヤーの発言が非常に増えてきました。望んでいたことではありましたが、人間の頭が徐々に切り替わっていく様子を目の当たりにできたのは印象的でした。
今後半年、AI部をどのように展開していきたいと考えていますか?
AIとの取り組みはまだまだ続きますが、次の半年は、ここまで育ててきた組織ハーネスを全社に展開し、今度は社員全体でそれを育てていくフェーズをはじめています。
これまでは研修的な色合いが強い投資の期間でしたが、少しずつ回収していくフェーズにも入ります。クライアントにAIを使った、あるいはAIをプロセスに組み込んだサービスを提供し、質なりスピードなり何かしらの価値を届けることで、利益という形で回収していく。ただ、これは極めて慎重にやる必要があると思っています。先行してきたAI部がリードしつつ、実務の中で一つずつ成功と、あまりしたくはないけれどおそらく発生する失敗を経験していく。組織全体がAIを前提としたものに生まれ変わる、最初の半年になるのではないかと思います。
SEESAWは5年後、10年後、どんな会社になっていたいと思いますか?
経営陣としてはAIを極めてポジティブに、そしてもう後戻りできない重要な変化だと捉えています。ですから、AI×デザイン、AI×デザインコンサルティングという領域のフロンティアを歩いていきたい。それがどんな形になるかは、おそらく世界中のデザイン会社を含め、どの組織もまだ結論を出せていないことですが、諦めずに模索し続けることが必要だと思っています。
数字の話をすると、デザイン会社は戦略コンサルティング会社のような他の知的労働集約型のビジネスと比べて、営業利益率が低くなりがちです。産業構造の問題なので自社だけの話ではないのですが、試行錯誤や模索に費やす時間、いわば生みの苦しみのプロセスに付加価値がつきにくいことが大きいと考えています。AIをうまく使えば、効率も精度も上がる。業界平均より高い営業利益率の会社を目指せるのではないかと考えています。
AI時代に、クリエイティブ領域で価値を持ち続けるためには、何が必要だと思いますか?
二つあります。一つは人間に対する理解です。ユーザー起点、生活者発想、ペルソナ、ターゲット理解、言い方はいろいろありますが、私たちはプロとして毎回、「よく知らない人たち」のことを理解し、その人たちがどんな課題を持ち、どう行動するのかを掴んでいく。これがすべてのクリエイティブや付加価値の源泉だと思っています。ここはAIモデルの事前学習ではカバーできません。十人十色ですし、人の言動や態度はどんどん変化するからです。インタビューや観察を通じて理解していく、デザイン思考でいう共感に近い部分。ここはヒューマンインターフェイスが生き残るし、むしろ磨いたほうがAIとの協業で役に立ちます。
二つ目は、クラフト寄りのデザイナー側の話ですが、デッサンに基づく造形の基礎力と時代とのフィット感に関する嗅覚です。絵を作る作業自体はAIができるようになっていますし、理屈が通ったものはAIがより上手になっていくでしょう。でも「正しいけれど魅力的ではないもの」を見抜き、正しい多くの選択肢の中から選び取る力には、人間の目と判断力、審美眼が要ります。雑に言えばセンスですが、分解すれば、時代・コミュニティ・ビジネス等の文脈に合っているかという知識と、それで当該商品/サービスにとってプラスになるのかを考える責任を伴った判断です。正しい案が10個出てきたとき、どれを選ぶかを一緒に考える、あるいは10個をベースに11個目を一緒に作る。そこに価値がある。だから、これまでの積み上げは無駄にならない類のものだと思っています。